Fresh Player’s File vol.1
泉谷麻紀子(漆芸家)

隣り合う色が響き合い、触れたくなるかたちが人を惹きつける
モダンな色の重なりと上品な艶、そして美しいフォルムが特徴的な泉谷麻紀子さんの作品。用いられている技法は、色漆を100回以上塗り重ねて板状にし、それを削ることで文様を浮き彫りにする「堆漆(ついしつ)」。よく見ると、濃い緑と淡い緑の間に細く黄色や芥子色、淡い緑と小豆色の間には桜色が重ねられている。こうした堆漆の板を制作するには、半年以上かかるのだそう。
「1年で多くても4枚くらいしかつくれないので、約半年間におよぶ作業の途中で『この色味、面白くなかったな』とならないように、色に関しては最初にものすごく考えます。自然の風景や、ファッション誌の計算された色やバランスがヒントになることもありますし、コロナ禍でちょっと人と会えない時期には、塗っていて色から元気をもらえるような激しいピンクと緑やオレンジを合わせていたこともありますね」。

《堆漆土用芽香合》2024年/約W70✕D50✕H25mm
香合の蓋をあけると、内側にも美しい色の層を見ることができる。一層わずか数ミリ。そこには、木の年輪のように半年以上もの時間も重なっている――。その事実を知ると、泉谷さんの作品が手のひらに収まる小さな宇宙のようにも思えてくる。
「色と同じくらい、かたちも大切にしています。つるりとしていて、カラフルで『触ってみたい』と思わせるかたちづくりは意識しているところです。とくに堆漆は角がきっちりとシャープに出ていると美しい。今のところ機械をほとんど使わず、手作業で彫ってかたちをつくっています。手間はかかりますが、かたちに関してはもっともっと勉強して、新しいかたちに取り組んでいきたいなと思っています」。

《堆漆香合》2023年/約W50✕D50✕H50mm
1枚の板を制作するのに約半年。新しい色やかたちを思いついたからといって、すぐに試せる技法ではないが、泉谷さんにとってはそれも”ちょうどいい”のだという。
「一気に試せないのもいいかなって。今年はこれ、来年はこれ、といったように本当に日々の積み重ねがかたちになっていくのが性に合っているのですよね」。
日々の仕事のなかで、自然と向き合う
泉谷さんは、拭き漆(木地を生漆で拭き上げる作業を繰り返す技法)と堆漆を組み合わせたシリーズも手掛けている。木が生きた時間が刻まれた木目と、樹液である漆が織りなす色の層。その組み合わせとフォルムは、手にする人の暮らしの時間を豊かに彩ってくれるはずだ。「今は堆漆の作品に比重を置いて制作しているので、数多くはつくれないのですが、木でできたものを好まれる方も多いですし、安心感もありますよね。こうした、手にとりやすくて使いやすいものも並行してつくりたいなと思っています」と泉谷さん。


《酒器》2024年/(写真1枚目)約W68✕H55mm (写真2枚目)W55✕H110mm
今年、泉谷さんは自宅の山の竹林を整え、数十本の漆を植えた。
「住んでいるところも工房も、山が近いところなのと、ふだん仕事をして漆を触っていると、やっぱり自然の循環や、木や自然とともに生きるということに興味が出てきます。漆そのものも、国産・海外産問わず年々量も少なくなっていますし、価格も高騰している状況。この現状に危機感を覚えている人も多く、日本全国で漆を育てようとする動きも出てきています。すべて日本産で賄うことは現実的ではないのですが、それでも、自分たちで漆を育てて、採ってみる。循環を体験することが大事なのだろうと思い、今、活動の一環としてやっています」。
2025年の秋には、泉谷さんもメンバーである「特定非営利活動法人さぬき漆保存会」が主催し、国産の漆だけを使用したグループ展も構想中なのだそう。
作家としてのスタートラインに立った場所
泉谷さんが「ファースト・パトロネージュ・プログラム(以下、FPP)」に参加したのは2017年。それまで、食器など手にとりやすいものを制作しながらも「お金以外の“何か”が自分のなかに残る感じがしていなかった」と、FPPへの参加がその後の活動につながる転機だったと語る。
「FPPに参加したのは、ちょうど30歳くらい。自分のなかで『30歳までに漆で食べていけないようだったら、ほかの仕事もしなくては』と色々と考えて区切りにしていたタイミングでした。クラフト的な食器から堆漆の作品を手掛けはじめた時期でもあり、それまで県外に行って作品を見てもらう経験がなかったので、まったく現実味がなくて。年の瀬でしたし、いつもなら断ってしまうようなタイミングだったのですが、あのときは『行ってみたい。それで反応がなかったら他の仕事をしてもいいかな』という気持ちで参加したんです。会場では、作品を見てくれるお客さんの多さ、そして『応援したい』という気持ちを、作品を購入するかたちで示してくれる体験が衝撃で。加えて、思い思いの作品をつくる同世代の作家たちの話も聞くことができました。興味を持ってくださるお客さんの全員が買ってくれるわけではないけれど、たくさんの人に見てもらい、直接反応をもらえたということが、すごく自信に繋がりました。『もうちょっと制作を続けて、もっと反応を見たい』。そんな気持ちになったので本当にありがたかったですね」
タイミングが早ければ制作する作品が安定しておらず、遅ければ腰が重くなっていたかもしれないとも語る泉谷さん。FPPに参加した2017年は、「こういうものづくりがしたい」と、作家としての欲求を自覚しはじめた時期。たくさんの人に作品を見てもらえたことに加え、『売りましょう!』と、前向きに背中を押してくれる元気な大人たちに出会えたことも衝撃的だっだそう。
「FPPに参加したことで見えてくるものや、考え方も変わってきて、『やり方次第でまだまだやっていけるな』というのは今も思っています」。

《華甲棗》2023年/約W70✕H75mm
2024年、FPPを主催する一般財団法人川村文化芸術振興財団・川村喜久理事長の還暦を祝う「華甲(かこう)茶会」のために泉谷さんが制作した《華甲棗》。「華甲」とは、茶会で還暦を表現する言葉。「華」の字を分解すると六つの「十」と「一」とになり、「甲」は甲子 (きのえね) で十干と十二支のそれぞれの最初を指すところから、数え年61歳を示す。十字の深部にピンクを入れて白から赤に塗り分けた、彫漆の作品。
FPPを機に、県外での展示にも参加するようになり、2024年春にはピアスやイヤリングなどの堆漆で制作したアクセサリーが企業の新規事業として手掛けるオンラインショップで販売予定。秋には東京・銀座での展示も控えている泉谷さん。木と漆という自然がもたらす素材と向き合いながら、今日も香川県の工房で色の層を重ねている。
「私の作品だけでなく、陶芸作家さんの器であったり、ガラス作家さんのグラスだったり、手仕事のものを『使う』ということを少しでも多くの方に体験してもらい、その良さを知ってもらえたらなと思います。きっかけのひとつに自分がなれたらとても嬉しいし、手仕事の魅力を伝えていくことも必要なことだなと考えています」。
取材日:2024年2月15日
取材・文 小西 七重
泉谷麻紀子(漆芸家)
1986 香川県生まれ、香川在住
2012 香川県漆芸研究所 修了
2015 二人展「和になる 器になる 暮らしの美」(広島三越)
2017 「ファースト・パトロネージュ・プログラムVol.1」(KITTE丸の内/東京)参加
2019 「よい道具よいうつわを持ってあした工芸ピクニックに行こう」(阪急うめだ本店/大阪)
2020 「泉谷麻紀子 うるし展」(IDO MALL/香川)
2021 「ファースト・パトロネージュ・プログラムVol.4再会のとき」(オンライン)参加
香川県美術展覧会 県知事賞 受賞
2022 「ART FAIR TOKYO 2022」(東京国際フォーラム/東京)
2023 「彫と彩-新たな伝統を紡ぐ- 香川漆芸2023」(ギャラリーこちゅうきょ/東京)
2024 「第9回 翔ぶ鳥展」(一穂堂/東京)