工芸の次世代スターを探せ!

FRESH PLAYER’s FILE

漆で時を継ぐ。川にたゆたう陶片のバトン

Fresh Player’s File vol.6
佐々木萌水(漆作家)

《高瀬川起居》2023年/W11.5✕D12✕H7cm Photo:Takeru Koroda

散らばった時代のかけらを
漆で今とつなぐ

京都の中心を流れる高瀬川で拾われた、江戸時代以降に捨てられたとされる陶磁器のかけら。器だった頃には別々の家や時代で使われていたであろう陶磁器片たちは、佐々木萌水さんの手によって時を超えて出会い、新しいかたちを手に入れた。佐々木さんが高瀬川の陶片を用いた作品を手掛けはじめたのは2020年のこと。知人の展示を見に訪れた高瀬川沿いのギャラリーで、縁側に無造作に置かれた陶片が目にとまった。

「ギャラリーのオーナーに尋ねたら、高瀬川から出てきたものだと教えてもらって。2018年に高瀬川の護岸工事がはじまったんですけど、どうやらそのときに土が掘り起こされて陶片がたくさん出はじめたようなんです。陶片を見て、オーナーに『これを使って金継ぎをしてみたいです』と言ったら、『いいですよ。そのかわり、ここで展示してくださいね』と。まだ作品をつくっていないのに、その場で次の年の個展が決まってしまいました」。

《菊水鏡》2024年/W13✕D11✕H13cm Photo:Takeru Koroda

川と時の流れにたゆたいながら、江戸から令和へ――。出自もかたちも文様もバラバラの陶片たちを、佐々木さんは時間を紡ぐように漆でつないでいく。作品を見ると、もとは別々の器だったとは思えないほど陶片たちが不思議と調和し、使われていた時代の市井の人の姿がふと、私たちと重なる。

「一人ひとり、私たちは何かの上に生きていて、京都という街が持っている時間や歴史も遠い存在ではなく、ずっと地続きで今があるということを表現できたらと思っていました。制作するときは、エスキースを描くことはせず、ベースになる陶片をひとつ決めて、似た文様のものが集まっていればひとつにしてみようとか、少しずつ発想が広がっていくかたちです」。

佐々木さんは、この高瀬川の陶片を用いた作品《采菊東籬下》で「Kyoto Art for Tomorrow 2024 -京都府新鋭選抜展-」読売新聞社賞を受賞。2024年3月には、考古学者・鈴木康二氏との展覧会図録『川で交わる つないでゆくタカラモノ』を上梓。この図録には、作品だけでなく、制作工程や考古学者の視点から陶片の文様や時代背景も紹介されている。

もっと気軽に
漆に触れられる場を

《すやり霞》2024年/W10✕D10✕H7cm Photo:Takeru Koroda

子供の頃からものづくりが好きだった佐々木さん。工芸の道に進もうと考えるなかで、漆を選択したのは、茶道をしていた祖母の影響があったそう。

「祖母の持っていた棗(なつめ)の柄がズレていたのが子供心に引っかかって、祖母に尋ねたら『これは機械で絵付けしているから、出力したときにずれたのよ』と。工芸ってもう人の手でつくられてないものがあるんだ……っていう衝撃と、機械でつくっている割に完璧じゃないな。だったら、自分でやったほうがいいものができるなと思ったんです。また、工芸のなかで漆がいちばんどうやってつくっているのかわからなかったこともあって、やってみたいと思いました」。

 高校生だった佐々木さんは、漆に触れられるところを探したものの、地元・北海道では見当たらず、京都市立芸術大学に入学後、ようやく漆に触れることができた。学生の頃から「もっと漆を気軽に、趣味でも楽しめる場所があればいいのに」と考えていた佐々木さんは、現在、創作活動の一方で漆教室も行っている。

「文化施設が主催する漆教室や、市民の方たちの『漆サークル もえの会』に招聘されて講師をしています。教室では金継ぎに限らず、漆器やオブジェなど、みなさんがつくりたいもののお手伝いをするかたちですね。ありがたいことに、ずっと通ってくださっている方もたくさんいて、最初は金継ぎをしていた人も、まわりの人がつくっているものを見て『次はこんなことがしてみたい』とビジョンが広がることが多いです」。

 佐々木さんの活動の軸にあるのは「漆を広めたい」という想い。作品をつくること、教えること、そしてもうひとつ、現代の食卓になじむ漆器のブランド「uruō(うるおう)」を大学在学中に立ち上げた。

《チェックのお椀》2015年〜/D12✕H7cm

「私の知っている漆の魅力のひとつにカラフルさがあります。漆の魅力を伝えたいと、今の暮らしにも取り入れやすいよう、チェックの椀やカラフルなコップを制作して、2015年に『uruō』をはじめました。2020年頃に、ウェブサイトもリニューアルしてオンラインショップを開設しましたが、今は少し制作のほうが忙しくなってしまい、ストックがあるものを販売しています」。

過去・現在・未来を
ゆるやかに共有する

《印判手転写/転舎蒔絵皿》2023年/W12.7✕D12.7✕H2.7cm Photo:Takeru Koroda

佐々木さんは「ファースト・パトロネージュ・プログラム(以下、FPP)」に2回参加している。1回目は2018年、そして2回目はオンライン開催となった2021年。1回目の参加時は、まだ高瀬川の陶片の作品シリーズを手掛ける前で、カラフルな日常使いのできる漆器を出品。当時を振り返り、少しはにかみながら佐々木さんは語る。

「2018年の頃はまだ、やりたいことも固まっていなくて、『もっとやれることがあったんじゃないかな』と思います。でも、そんな頃に参加させてもらって、そのあともずっと関係を続けてくださって。作品が変化していくなかで2021年に、高瀬川の陶片の作品で再び声をかけてもらえたのは、本当にありがたかったです」。

 作品は常に変化する「今」を更新していくもの。成長を続ける作家の作品を追っていけることも、FPPの魅力のひとつだ。

《硯屏/行雲流水》2024年/W27✕D9✕H23cm Photo:Takeru Koroda

「今後はほかの地域にも足を運んで、制作してみたい」と話す佐々木さん。日本各地に焼き物のまちとそこに纏わる歴史があり、陶片にもきっとその土地らしさが刻まれている。佐々木さんの作品に出会ってからというもの、焼き物のまちを訪れる度に「佐々木さんがもし、このまちで制作したら……?」と、勝手にわくわくしてしまう。そして、海岸で、川で、陶片を見つけたとき、ふとそれが器だったときに思いを馳せてしまう。佐々木さんの作品は、ゆるやかに時と人の営みとを紡いでいくのだ。

取材日:2024年2月15日
取材・文 小西 七重

佐々木萌水/ささき・もえみ(漆作家)
1991     北海道生まれ
2014    京都市立芸術大学美術学部工芸科漆工専攻 卒業
2015    漆器ブランド「uruō(うるおう)」活動開始
2016     京都市立芸術大学大学院美術研究科工芸専攻漆工 修了

展示歴
2014/2016 「漆芸の未来を拓く 生新の時」石川県立輪島漆芸美術館/石川
2015    「おやすみ」「おはよう」「いただきます」(個展)同時代ギャラリーコラージュ/京都
2015/2016 「次世代工芸展」京都市立美術館別館/京都
2017    はならぁと あらうんど「稜線」曽爾村/奈良
2017    「忘却と祈りの旅」(個展)同時代ギャラリーコラージュ/京都
2018    「ファースト・パトロネージュ・プログラム2018」KITTE/東京
2020     「川で交わる 漆でつなぐ」(個展)高瀬川・四季AIR/京都
2021    「ファーストパトロネージュプログラム2021」(オンライン)
2021    「川で交わる 繋がる 繕う」高瀬川・四季AIR/京都
2022    「街なぞる川」(個展)ギャラリー恵風/京都
2022    「再生工芸展」東急プラザ渋谷/東京
2023    「Slow Culture #kogei」京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA/京都
2023    「川で交わる つないでゆくタカラモノ」高瀬川・四季AIR/京都
2023-24  「高島屋×京都市立芸術大学 NEW VINTAGE」高島屋京都店/京都
2024    「京都府新鋭選抜展」京都文化博物館/京都
2024    「街の貝殻」(個展)RODGALLERY/東京
2024    「Floating and Flowing──新しい生態系を育む「対話」のために」京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA/京都
2024    「きらきら光る川底は」(個展)同時代ギャラリー collage plus/京都

受賞歴
2014    「京都市立芸術大学作品展」同窓会賞
2014    「次世代工芸展」建畠晢賞
2024    「京都府新鋭選抜展」読売新聞社賞

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