Fresh Player’s File vol.4
武田敏彦(陶芸家)


土と布と流線。それぞれが積み上げる「美」
2015年に「ルーシー・リー展」記念コンテストで最優秀賞を獲得した《布目彩色花器》は、静謐な造形の素地にやわらかさを感じる布目、そしてモダンな彩色で描かれた流線が美しい。粘土に布を押しつけて文様を写し取る布目は、武田敏彦さんの作品の特徴のひとつ。益子焼の陶芸作家である父・武田敏男氏に師事し、陶芸の道をスタートさせた武田さんが、どこか紬や木綿の着物のようなあたたかみを感じる布目を用いた表現に辿り着いたのには、幼い頃の布の記憶が影響しているのだそう。
「父の実家が染色の仕事をしていた関係で、とても細かく彫られた型紙を子供の頃に見せてもらいました。また、糸を紡ぐ工場で1枚の布が織られていく様子を見たときに、すごく感動したことを強烈に覚えています。布目の表現がしっくりきたのは、父が僕にくれたイギリスの彫刻家バーバラ・ヘップワースの作品集がきっかけです。作品集の中に、ゴム手袋をした手のデッサンがあったのですが、『何かをかぶせることによって、よりかたちが見えるようになる』と父が話してくれたことがあって。僕がつくるかたちには少しかたさがあるので、1枚布をかぶせることによって、焼き物らしいやわらかさやぬくもりを加えているようなところがあります」。

《布目彩色花瓶》2024年/約W360✕D360✕H260mm
ゆらぎのある布目に重なるシャープで美しい流線は、空を舞う松葉や、風そのものを想起させ、目を凝らすほどに、器の奥に新しい世界が見えてくる。
「布目の中に、どれだけ綺麗な線が出せるかというのは意識しています。既製品の細い筆では、思うような美しさがなかなか出せなかったりするので、筆を自作することも。最後のひゅっと抜けるような部分まで、とにかく線の美しさを出したいと思っています」。
彫刻的視点が見せる、立体の美しさに息を呑む
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《布目彩色賽器》2023年/約W380✕D340✕H370mm
《賽器》は、立方体が立ち上がった彫刻作品のような花器。有機的な布目のやわらかさと、無機的な直線の要素が重なり合い、石とも土とも言い難い独特の存在感を放つ。どんな草花をいけても、これまで見たことのないような表情が引き出せそうで、花をいけかえる度に武田さんとのコラボレーションを楽しめそうだ。実は武田さん、大学では彫刻を専攻しており、ずっと石を素材として扱ってきた。土に触れたのは大学院修了後、陶芸の道に入ってから。
「ずっと彫刻をやっていて、石はもともとのかたちを削っていく作業なんです。でも、粘土はかたちをゼロからつくらなくてはいけない。ふにゃふにゃと、思うようにかたちがつくれなくて、最初はすごく苦労した記憶があります」。

《布目流線文賽器》2022年/W380×D340×H370mm
同じ形状でも、彩色と線の入れ方によって印象はがらりと変わる。均整のとれた緊張感のある佇まいは、美しいものに宿るある種の神聖さを孕んでいる。
「作品名にある『賽』という言葉には、賽の目(サイコロ)のほかに神仏にお礼参りをするという意味もあるようです。そのかたちから《賽器》としましたが、四角には何かそういった神聖な意味合いもあるのかなと思っています。四角いものって、こうして立てて置くとすごく大きく見えるのが不思議ですよね」。
物質としての質量や形状は変化しないのに、置き方によって姿を変える器――。色や文様からのアプローチとは異なる、武田さんらしい彫刻的視点がのぞく。
発表の場と、新しいアプローチへの挑戦が作品の扉をひらく
益子焼で知られる焼き物のまち・栃木県益子町で制作する武田さんが「ファースト・パトロネージュ・プログラム(以下、FPP)」に参加したのは、2017年。2000年より陶芸をはじめ、東日本伝統工芸展や伝統工芸展など、数々の公募展に入賞していたものの、東京で作品を発表するのはFPPがはじめてだったそう。
「益子には、益子焼を求めて来られる方がほとんどなので、僕の作品は『あまり益子焼ぽくないですね』と言われることもあったんです。でも、FPPで東京の真ん中ではじめて発表して、たくさんの人に作品をフラットに受け入れてもらえた気がしました。流線文様を『人が飛んでいるようだ!』という海外の方のリアクションも新鮮で、振り返ってみても、貴重な体験だったと思います」。


《布目彩色茶碗》2023年/W135✕H110mm
2024年、FPPを主催する一般財団法人川村文化芸術振興財団・川村喜久理事長の還暦を祝う「華甲(かこう)茶会」のために制作した《布目彩色茶碗》は、これまでの武田さんの作品とは異なり、かたちそのものにゆらぎがある。
「実は、この作品の制作時期に手を怪我してしまって、ろくろが使えなかったんです。ならばと、粘土の塊をくり抜いていくように、制作しました。焼き物=ろくろを使わなきゃいけない、という固定概念のようなものから開放されることで、造形的な意識が強まったような気がします」。
新しい場所での発表、そして新しいアプローチでの制作による”気づき”が、武田さんの作品に新風を吹き込み続ける。
「うちには東日本大震災で被害を受けたものの、自力で修復した登り窯があるんです。今は自分の表現スタイルに合っている電気釜を使っているのですが、登り窯は登り窯にしかない魅力もあるので、将来的に手掛けていけたらなと思っています」。
取材日:2024年2月10日
取材・文 小西 七重
武田敏彦(陶芸家)
1978 栃木県益子町生まれ、在住
1999 金沢美術工芸大学大学院 彫刻科 修了
2000 武田敏男氏に師事
2011〜2017 中学美術非常勤講師
2017 日本工芸会正会員
展覧会
2013 東日本伝統工芸展 入選(’14、’15、’16、’17、’18、’19)
笠間×益子 新世代のenergy
2014 陶美展 入選(’15、’16、’21、’22、’23、’24)
日本伝統工芸展 入選(’15、’16、’17)
2015 「ルーシー・リー展」記念コンテスト 最優秀賞
栃木県芸術祭 奨励賞(入選‘16、’18、’19)
2016 「現在形の陶芸」萩大賞展Ⅳ 佳作
2017 栃木県芸術祭 準芸術祭賞
「ファースト・パトロネージュ・プログラムVol.1」(KITTE丸の内/東京)参加
2018 現代の茶陶展 入選
「欲しいがみつかるうつわ展」(茨城県陶芸美術館/茨城)
2021 個展 ギャラリーつかもと/栃木(以後毎年開催)
2023 名古屋レクサス星が丘ギャラリー/愛知
2023 日本陶芸美術協会選抜 4人展(大阪髙島屋/大阪)
2024 日本陶芸美術協会 選抜展 (高島屋 高崎/群馬、日本橋/東京)
日本陶芸美術協会9人展 ギャラリー緑陶里/栃木
個展 あべのハルカス/大阪
*武田敏彦さんの作品は、益子焼最大の窯元「つかもと」にて取り扱い。
https://tsukamoto.net/