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FRESH PLAYER’s FILE

技術と身体が浮き上がらせる 自然が秘めた美しさ

Fresh Player’s File vol.5
亘 章吾(曲木造形作家)

《鏡像の破れⅦ》2023年/W44✕D50✕H216cm

自然の生命を宿す曲線美

 ヒノキのしなやかな曲線がおりなす、生命力に満ちた造形が美しい亘 章吾さんの作品。どこか深閑とした佇まいながら、その存在感に圧倒される。亘さんが用いる技法「積層曲木」は、一般的に「曲木加工」と呼ばれているものとは少し違う。「曲木加工」とは、蒸したり湯につけたりして木を熱することでやわかくし、凹型と凸型に挟んでプレスする方法。しかし、亘さんは熱も型も使わない。1mmほどの薄い板に接着剤を塗りながら重ねたものを、自身の手と身体を使って曲げていく。
「型を必要とする一般的な曲木の技法だと、型通りのかたちしかつくれないですし、二次元的な曲線になってくるんです。僕の場合は、薄板を積層したものを自分の手で曲げていく。木と僕の身体が耐えられる範囲の自然な曲線であれば、型に制限されない自由な三次元的な曲線がつくれるというのが、この方法のいちばんの特徴だと思います」。
 何枚も重なった板を、ほわんと手で曲げてみせてくれた亘さんは、まるで木と会話を交わしているかのようだった。

《鏡像の破れⅦ》2023年/ディテール

「自然の生命が持つ存在感のようなものをそのまま届けたい、というのが制作の根底にあります。そのことと曲線はやはり繋がっていて、自然の造形のなかに直線はありませんよね? 直線のように見えるけれど、実際はゆるやかな曲線だったりする。自然らしさ、生命らしさのようなものと曲線はイコールであるように思います」。

ヒノキの魅力を最大限にいかすための選択

 作品には樹齢100〜110年ほどの吉野のヒノキが使われている。亘さんがヒノキに惹かれたのは、前職「中川木工芸比良工房」で木桶作りに携わっていたとき。ヒノキの色味、そして目がまっすぐ通った柾目(まさめ)の美しさに心を打たれ、ヒノキで曲木の作品をつくりたいと思ったのだそう。

《蕾環(らいかん)》2024年/W49.5✕D53✕H86cm

 積層した薄板は、1本のヒノキから切り出された共木。そのため木目が繋がっているのだが、木にあるはずのあるものが見当たらない。そう、「節」だ。ここに吉野のヒノキを選んだ理由がある。
「僕の曲木は型を使わないので、端から端まで木目がまっすぐ通っていることが必要です。ひとつの材料のなかに硬いところと柔らかいところのばらつきがあると、硬い節の部分でいびつな曲線になってしまったり、割れてしまったりする。節というのは、枝の跡なので、天然林に生えているヒノキに長尺で節がないものは基本的にありません。無節のヒノキは、枝が生えたら落として、また大きくなったら枝を落として、節が出ないように人工林で何世代もかけて育てられたものなんです。木目が端から端までまっすぐ通っていて、なおかつ無節のものはおそらく人工林で育てたものしかないですし、なかでも吉野のヒノキはものすごく目が細かく、美しい。今僕が材料としているのは、約4mのヒノキの丸太を確保してもらって、木目を変えずにスライスして、できるだけそのまま使うことを心がけています」。

《蕾環(らいかん)》2024年/ディテール

 100年以上前に植えられ、3〜4世代をかけて育てられた1本のヒノキが、亘さんの手を介して新しい姿を生きている――。制作の背景を知ると、最初に作品と対峙したとき、深い森の奥で大樹とでも出くわしたような感覚を得たのにも合点がいく。三次元的な曲線と、まっすぐな木目の美しさに加えて、ヒノキが刻んだ時間の層が作品に奥行きを与えているのだ。 「1年1年をはっきりと実感できるタイムスケールが表れている素材って、木しかないなと思うんです。吉野のヒノキは柾目がすごく整っているので、見ているとちょっとした環境の変化がわかったりすんですよ。例えば、1mm間隔で目が詰まっていたところに、次のところはちょっとだけ間隔が開いている。それはおそらく、その年に両サイドにあった木が間伐されて、光が多く入るようになったから少し大きく成長できたのかな? とか。そんなふうに、時間のなかにある風景を少し垣間見ることができる素材って、本当に特別だと思います」。

《鏡像の破れⅢ》2021年/W46✕D28.5✕H200cm

多くの人にインパクトを残した作家としてのスタートライン 

 亘さんが工房を構え、作家として制作をスタートさせたのは2021年。「ファースト・パトロネージュ・プログラム(以下、FPP)」に参加したのも同年。前職を退職したのはFPPの1カ月前だった。
「FPPで多くの人に作品を見てもらい、そこで幅広いご縁をいただいたことは大きいですね。ギャラリーの方に声をかけていただいたり、出版社の方に覚えていただいて、その後誌面で取り上げていただいたこともありますし、アートのコンサルティングを手掛ける企業の方からはコミッションワークをお受けしたり。FPPでは大型の作品を3点出品していたのですが、2点は展覧会中に買っていただいて、残った1点も、会場で見られていた方が後日購入してくださって。独立時から現在も、作品を取り扱ってもらっているギャラリー「ア・ライトハウス・カナタ」と、FPPのおかげで本当に作家としてよいスタートができたのだと思います」。

《華甲茶会のための菓子器》2023年/※※サイズ

 2023年9月、FPPを主催する一般財団法人川村文化芸術振興財団・川村喜久理事長の還暦を祝う「華甲(かこう)茶会」のために菓子器を制作。亘さんの作品のなかでは、器など普段使いの生活工芸的なものは珍しく、この菓子器は特別につくられたものだそう。
「人が使うことを前提にすると、どうしても直線的なものになるんです。それは僕が表現する自由な造形、三次元的な曲線の世界とは相反するところにあって、吉野のヒノキの良さを最大限いかすのはなかなか難しい。でも、制約のなかで曲木の美しさをどう出すかというのは、つくり手として試されているところもあり、制作しているときはわくわくしました。今後、機会とご要望があればまたやりたいなと思っています」。

《Untitled》2020年/W33.5✕D33.5✕H6cm 

 1本1本、表情の異なるヒノキと向き合う亘さんの造形によって、この世界にどんな新しい風景が立ち上がっていくのかが楽しみだ。
「僕も毎回、それを楽しみにしています。制作する前から全体像が見えている作品というのはひとつもないんです。簡単なデッサンを描くことはありますが、それは結局のところ一方向から見たときのラインを表現したもの。実際にそのラインを出すにはどう曲げたらいいかをスモールモデル、そしてフルスケールと試していくなかで、必然的にどんどん変わっていきます。最終的なかたちができたときには、毎回はじめての風景を見て感動するような感覚です」。

取材日:2024年2月14日
取材・文 小西 七重

亘 章吾/わたり・しょうご(曲木造形作家)
1987 京都の材木屋に生まれる
2009 立命館大学 産業社会学部 卒業
2014 森林たくみ塾(岐阜県飛騨高山)
2016 JOSEPH WALSH STUDIO(アイルランド)
2019 中川木工芸比良工房(中川周士氏主宰/滋賀県大津市)
2021 京都にて独立
「ファースト・パトロネージュ・プログラムVol.5 2021 秋」(3331 Arts Chiyoda/東京)参加

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